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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)1516号 判決 1988年4月22日

原告(反訴被告) 石井陸奥雄

被告(反訴原告) 日本信販株式会社

右代表者代表取締役 山田洋二

右訴訟代理人弁護士 田邊尚

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、被告(反訴原告)から別紙株券目録記載の株券の引渡を受けるのと引換えに、五九〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から完済に至るまで年一〇・八パーセントの割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第二項、第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求関係

1  請求の趣旨

(一) 原告(反訴被告・以下「原告」という。)の被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対する昭和六一年八月二八日付金銭消費貸借契約に基づく五九〇万円の債務の存在しないことを確認する。

(二) 被告は、原告に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 右(二)項についての仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する被告の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴請求関係

1  請求の趣旨

(一) 原告は、被告に対し、被告から別紙株券目録記載の株券の引渡を受けるのと引換えに、五九〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から同年一二月一日までは年一〇・八パーセントの割合による金員、同年一二月二日から完済に至るまでは年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する原告の答弁

(一) 被告の反訴請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求関係

1  原告の請求の原因

(一) 原告は、昭和六一年八月二八日被告から五九〇万円(以下「本件貸金」という。)を、弁済期同年一一月二七日、利息は年一〇・八パーセント、毎月二八日から翌月二七日までを一か月分とし、一か月未満の額は一か月を三〇日とする日割計算によって算出する旨の約定で、借り受け(以下「本件消費貸借契約」という。)、被告に対し、右債務の弁済を確保するため、担保として、別紙株券目録記載の株券(以下「本件株券」という。)を預託した。

(二)(1) 原告は、昭和六一年一二月一日訴外田中蓉子(以下「田中」という。)を代理人として、横浜市西区北幸一丁目一番八号横浜東洋ビル七階所在被告の横浜駅西口支店に赴かせ、被告の担当者訴外吉野俊一に対し、本件貸金五九〇万円及びこれに対する同年八月二八日から同年一二月一日までの年一〇・八パーセントの割合による利息一六万六二八三円、以上合計六〇六万六二八三円を現実に提供させたが、被告側は、右元利金の受領を拒絶した。

(2) そこで、原告は、昭和六一年一二月九日横浜地方法務局に対し、被供託者を被告として、右元利金合計六〇六万六二八三円を弁済のため供託(以下「本件供託」という。)をした。

(3) したがって、原告の被告に対する本件貸金債務は消滅した。

(三) よって、原告は、被告に対し、本件消費貸借契約に基づく五九〇万円の債務の存在しないことの確認を求めるとともに、本件株券を引き渡すことを求める。

2  請求の原因に対する被告の答弁

(一)(1) 請求の原因(一)の事実は認める。

(2) 同(二)(1)の事実のうち、原告の代理人と称する女性が昭和六一年一二月一日被告の横浜駅西口支店に来て、本件貸金五九〇万円を弁済したい旨を述べたことは認めるが、その余の点は争う。

(3) 同(二)(2)の事実は認める。

(4) 同(二)(3)の事実は争う。

(二) 原告の代理人と称する女性は、昭和六一年一二月一日被告の横浜駅西口支店に来て、担当者に対し、本件貸金五九〇万円を弁済するので、本件株券を返還して貰いたい旨を述べたが、同人は、原告の代理人であることを確認しうるような物を持参せず、かつ、被告の発行にかかる本件株券の預り証を提示しなかったので、被告側としては、右金員の弁済を受けて本件株券を返還することを拒絶した。これに対し、原告は、同年一二月九日に至り、本件供託をした。

なお、被告は、その後、原告に対し、本件株券の預り証を提示できない場合でも、原告がその本人であることを確認しうるような証明書類(例えば、原告の印鑑証明付で実印の押印してある領収証)を持参すれば、本件貸金元利金の弁済と引換えに、本件株券を返還する旨を通知した。

二  反訴請求関係

1  被告の請求の原因

(一) 被告は、昭和六一年八月二八日原告に対し、本件貸金五九〇万円を、弁済期同年一一月二七日、利息年一〇・八パーセント、遅延損害金年二九・二パーセントの約定で貸し付け、被告から右債権の弁済を確保するため、担保として、本件株券の預託を受けた。

(二) 被告は、本件貸金の弁済期である昭和六一年一一月二七日原告との間で、右弁済期の翌日である同年一一月二八日から同年一二月一日までの遅延損害金は右利息の利率と同一とする旨を約定した。

(三) よって、被告は、原告に対し、被告から本件株券の引渡を受けるのと引換えに、本件貸金元金五九〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から同年一一月二七日までの年一〇・八パーセントの割合による約定利息、弁済期の翌日である同年一一月二八日から同年一二月一日までの年一〇・八パーセントの割合による約定遅延損害金、同年一二月二日から完済に至るまでの年二九・二パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する原告の答弁

(一) 請求の原因(一)の事実のうち、遅延損害金の約定の点は否認するが、その余の点は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

3  原告の抗弁

前記一1(二)と同一である。

4  抗弁に対する被告の答弁

前記一2(一)(2)ないし(4)と同一である。

第三証拠《省略》

理由

一  まず、原告の本訴請求について判断する。

1  請求の原因(一)の事実、同(二)(2)の事実は、当事者間に争いがない。

2  原告は、本件供託により、原告の被告に対する本件貸金債務は消滅した旨主張するので、検討する。

右当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六一年一一月二七日被告の横浜駅西口支店に赴き、本件貸金五九〇万円の元利金を支払いたい旨を述べたが、被告側は、借り替えるのであれば、担保である本件株券の評価額が担保割れであるため、不足額を現金で補充する必要がある旨を述べたところ、原告は、同年一二月一日に再度来社する旨を約して帰った。

(二)  原告の代理人である田中蓉子は、昭和六一年一二月一日本件貸金五九〇万円及びこれに対する同年八月二八日から同年一二月一日までの年一〇・八パーセントの割合による利息一六万六二八三円、以上合計六〇六万六二八三円を持参して被告の横浜駅西口支店に赴き、被告の担当者吉野俊一に対し、「右元利金を弁済するので、本件株券を返還して貰いたい。ただ、本件株券の預り証は紛失した。」旨を述べた。これに対し、吉野は、田中に対し、「本件株券の預り証を提示してほしい。原告の代理人であることを確認しうる物を提示してほしい。そうでなければ、本件株券の返還には応じられない。」旨を述べたところ、田中は、原告の実印のみを所持していたが、原告の代理人であることを確認しうる委任状、被告の発行にかかる本件株券の預り証等を所持していなかったため、結局、右金員を弁済することなく帰った。

(三)  ところで、原告は、昭和六一年一二月一日当時、田中の述べたとおり本件株券の預り証を紛失しており、被告側に対し、右預り証を提示できなかったが、このような場合でも、被告に対し、原告が本件貸金の借主であることを確認しうるような証明書類(例えば、原告の印鑑証明付で実印の押印してある領収証等)を提示して本件貸金元利金の弁済をすれば、被告から、これと引換えに本件株券の返還を受けうるものと予想されたのに、かかる措置を講じなかった。また、原告は、その後同年一二月二、三日ごろに至り、金庫に保管していた右預り証を見つけ出したのに、被告に対し、右預り証を提示して右弁済をすることもなかった。

そして、原告は、同年一二月九日に至り、本件供託をした。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  ところで、債務者は、債権者に受領を拒絶する意思が窺われない限り、できる限り債権者に受領を可能にさせる方法で現実又は口頭の提供をするように努めることが信義則上要求されるものと解すべきである。

これを本件について見るのに、前記認定事実によれば、被告は、昭和六一年一二月一日当時原告の代理人と称する田中から直ちに本件貸金元利金の弁済を受領して本件株券を返還しえなかったものというべきであり、他方、原告は、本件供託前に被告に対し、原告が本件貸金の借主本人であることを確認しうるような証明書類を提示し、あるいは、その後見つけ出した本件株券の預り証を示して、本件貸金元利金の弁済をし、これと引換えに、本件株券の引渡を受ければ足りるものであるのに、かかる措置をとらず、直ちに本件供託の手続をしたものであって、債務者として信義に欠けるところがあったというべきである。

以上述べたところによれば、原告は、信義則上弁済のため債務者としてすべき行為をしながら、債権者にこれを受領させえなかったものとはいえないから、被告が弁済を拒絶した場合には当らず、結局、原告の本件供託は、その要件を充足せず、債務消滅の効果を生じないものというべきである。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

4  以上の次第で、前記2の主張事実の存在を前提とする原告の本訴請求は、失当として棄却すべきである。

二  次に、被告の反訴請求について判断する。

1  請求の原因(一)の事実のうち、遅延損害金の約定の点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

被告は、昭和六一年八月二八日原告との間で、本件貸金について遅延損害金は年二九・二パーセントとするとの約定をした旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。かえって、《証拠省略》を総合すれば、原告と被告とは、本件消費貸借契約において右約定をした事実のないことが認められる。

2  次に、被告は、昭和六一年一一月二七日原告との間で、本件貸金について同日から同年一二月一日までの遅延損害金は年一〇・八パーセントとするとの約定をした旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

3  原告は、抗弁として、原告の被告に対する本件貸金債務は本件供託により消滅した旨主張する。

しかし、本訴について判示したところによれば、原告のした本件供託は、その要件を充足せず、債務消滅の効果を生じなかったものである。したがって、原告の右抗弁は採用することができない。

4  以上の次第で、被告の反訴請求は、原告に対し、本件貸金元金五九〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から同年一一月二七日までの年一〇・八パーセントの割合による約定利息、弁済期の翌日である同年一一月二八日から完済に至るまでの年一〇・八パーセントの割合による約定利息相当の遅延損害金の支払を求める部分に限り、正当として認容すべきであるが、その余の部分(年一〇・八パーセントを超える遅延損害金の支払を求める部分)は失当として棄却すべきである。

三  よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤榮一)

<以下省略>

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